なぜ株式投資においてコーポレートガバナンスが大事なのか
ここ数年、グローバルな投資ファンドなど外国人投資家が日本株に投資した際の注目点として、「コーポレートガバナンス改革を評価した」とのコメントを、各種の経済ニュースで見聞きした方は多いかと思います。これまで日本企業はコーポレートガバナンスの取り組みが遅れていましたが、その改革が近年において急速に進展していることから、株価上昇が期待できるとしてグローバルな投資資金が集まっているのです。
コーポレートガバナンスとは「企業統治」とも訳されますが、これは「経営トップが企業を統治する」という意味ではありません。特に、上場会社は株式市場を通じて広く資金を集めることで成り立っており、皆さん個人投資家を含めた一人ひとりの株主がオーナーに当たります。その株主がいわば所有者としての立場から、投資先である企業の事業活動に何か間違いはないか、しっかりと業績向上ひいては株価上昇を目指して経営しているかをチェックするのが、株式投資におけるコーポレートガバナンスの意義となります。
日本株のPBR(株価純資産倍率)が国際比較において著しく低水準であることは、2024年4月25日の本コラム「
PBRの意味や使い方、様々な分析指標を用いた投資判断のポイントを解説」にてお話ししました。PBRが低い(=株価が安い)最大の理由はROE(自己資本利益率)が低いこと、すなわち株主が期待する業績水準を達成していないことなのですが、日本企業のコーポレートガバナンスが機能不全だったため、企業経営を株主の視点でチェックする仕組みが整っていなかったため、そのような状況が放置されてきたともいえます。
逆に言えば、同じような業績動向や株価水準の投資先候補が複数あった場合、コーポレートガバナンス体制が充実している会社の方が、業績向上そして株価上昇を実現する可能性が高いと考えることができます。コーポレートガバナンスの構築につき真摯に取り組んでいる会社は、経営トップなどの経営陣が株主を大事にする会社と評価できます。皆さんもせっかくの大切な投資資金なのですから、株主重視の会社に預けたいのではないでしょうか。以下、これまでの日本における取り組みと、投資家としての着眼点についてお話ししていきます。
急速に進展してきた日本のコーポレートガバナンス改革
2013年に発足した第二次安倍内閣の経済政策(アベノミクス)では、デフレからの脱却と富の拡大を実現するための「3本の矢」が掲げられました。その第三の矢である成長戦略を示した「日本再興戦略 -JAPAN is BACK-」においては、日本企業の国際競争力を強化するための施策として、次のようにコーポレートガバナンスが言及されています。
企業経営者に大胆な新陳代謝や新たな起業を促し、それを後押しするため、設備投資促進策や新事業の創出を従来の発想を超えたスピードと規模感で大胆かつ強力に推進する。加えて、株主等が企業経営者の前向きな取組を積極的に後押しするようコーポレートガバナンスを見直し、日本企業を国際競争に勝てる体質に変革する。
具体策としては「社外取締役の導入促進」「機関投資家の役割強化」が掲げられました。いずれも企業に株主の視点を持たせることが目的で、社外取締役には株主の代理人として経営者を監督するよう、機関投資家には企業経営に対して直接働きかけるよう求めています。これを受けた翌年の「日本再興戦略 改訂2014 -未来への挑戦-」では「グローバル水準のROEの達成」をひとつの目安とし、様々な施策を講じていくとされました。
その代表的なアクションが金融庁・東証によるコーポレートガバナンス・コードの導入で、2015年の策定以来、2018・2021年と2度の改訂を経て、上場会社に積極的な取り組みを求めてきました。また、経済産業省でもコーポレートガバナンスシステム研究会がガイドラインを公表するなど、様々な政策的なイニシアチブが講じられています。
その結果、取締役会に占める独立社外取締役(会社や経営陣との利害関係がなく株主の立場で監督できる取締役)の割合が全上場会社で3分の1超、JPX日経400採用銘柄では4割超に達するなど、日本企業のコーポレートガバナンスは著しく進展しました。なお、英米企業では過半数が当然で、グローバル水準には未だ到達していないともいえます。
東京証券取引所「コーポレートガバナンス白書2023」より日本コーポレートガバナンス研究所作成
このような「官製ガバナンス」は外国人投資家から大いに賛同を得ています。国際的な機関投資家の団体であるACGA(アジアコーポレートガバナンス協会)は、2023年度の調査において日本のコーポレートガバナンスはアジア12ヶ国中の2位と公表しました(1位はオーストラリア)。このことについてACGAは「ポップコーンを手に取る瞬間だ(a real grab your-popcorn moment)」との表現で賛辞を送っています。企業と株主が一緒にハッピーを分かち合う基盤が日本の株式市場に整ったと、高く評価しているのではないでしょうか。
もっとも前述したように、日本企業のROEおよびPBRは未だ低水準にとどまっています。今後は一定の水準に達したコーポレートガバナンスをベースとし、業績向上と株価上昇という成果を出すべく、より実質的な取り組みが期待されるステージに移行するでしょう。ACGAも上記の調査で「投資家が期待するロマンチックな結末(the romantic ending we hope for)」が得られるのはこれからだ、と釘を刺しています。これからの投資に際しては、コーポレートガバナンスの真贋を見極める眼が求められるといえそうです。
コーポレートガバナンスに注目して銘柄選択するポイント
上場会社のコーポレートガバナンスを形から評価することは簡単です。最も分かりやすい指標は前出のグラフで提示した、取締役会に占める「独立社外取締役」の比率です。
コーポレートガバナンス・コードはプライム市場上場会社に、独立社外取締役を少なくとも3分の1、必要ならば過半数とすべき旨を定めています。単純に考えれば、この比率が高いほど経営トップは株主の視線に敏感になり、業績向上や株価上昇へと邁進するでしょうし、そうでない場合でも取締役会でストップをかけやすいはずです。株主の代理人である独立社外取締役が取締役会で強い力を持っているかは、第一の着目ポイントといえるでしょう。
【原則4-8.独立社外取締役の有効な活用】 独立社外取締役は会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与するように役割・責務を果たすべきであり、プライム市場上場会社はそのような資質を十分に備えた独立社外取締役を少なくとも3分の1(その他の市場の上場会社においては2名)以上選任すべきである。 また、上記にかかわらず、業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、過半数の独立社外取締役を選任することが必要と考えるプライム市場上場会社(その他の市場の上場会社においては少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社)は、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきである。
ただし人数や割合だけでは、取締役会が機能している確証は得られません。その企業を監督するのに適していない独立社外取締役が多かったり、経営者を監督する仕組みが取締役会に伴っていなかったりすると、成果に結びつかない、まさに「仏作って魂入れず」のコーポレートガバナンスになってしまいます。
ここでは実質的な取り組みであるかを判断するための代表的なツールを3つ、簡単に紹介します。また詳しくは本コラムでご説明できればと思います。
スキル・マトリックス
縦軸に取締役候補者、横軸に各人に期待するスキル(経営者経験、グローバル経験、法務や財務会計の能力など)を配置した一覧表で、多くの上場会社が株主総会招集通知に掲載しています。
このマトリックスがあることで、取締役会に必要なスキルは何かを考え、それらを満たすために適切な独立社外取締役を選んでいると推測できます。役員選任について審議する指名委員会がマトリックス策定に関与していると尚よいでしょう。
最近では各スキル項目について、なぜそのスキルが必要かの理由を開示している企業も増えています。そこから企業の経営課題や問題意識が読み取れたり、その解決のための最適な独立社外取締役を選任していることが分かったりすると、株主として信頼できる取締役会かどうかをより評価しやすくなります。
インセンティブ報酬制度
経営者が業績向上や株価上昇に邁進するためには、取締役会で独立社外取締役が株主視点で厳しく監督するだけではなく、経営者自身が積極的に株主の視点で経営するように仕向けることが有効です。
そのための仕組みが業績連動報酬や株式報酬などのインセンティブ報酬制度で、株主にとっての成果を適切に出すことができれば経営者の報酬も上がるため、株主重視の経営を行うモチベーションになるというものです。具体的には、そもそも業績連動報酬や株式報酬を設定している、報酬全体に占めるインセンティブ報酬部分が大きい、同部分を決める指標がROEなどの株主目線のものである、などが示されていると、株主としては安心できるでしょう。
なお、確認するには有価証券報告書の「役員の報酬等」が詳しい記載であり、適しています。
取締役会の実効性評価
コーポレートガバナンス・コードは取締役会に対して毎年、実効性のある監督ができているかを自ら分析・評価することを求めており、その結果概要はコーポレートガバナンス報告書で開示されます。
同記載が「当社の取締役会は実効的であることが確認されました」などで終わらず、より良い取締役会とするための課題を説明しており、またそれが単に資料作成や情報提供などのロジ周りにとどまらず、自社の経営課題や問題意識に紐づいた審議内容に踏み込んだものなどであれば、その取締役会が形骸化しておらず、実効性を高める努力をしていることが分かります。
さらには前年度の評価で抽出された課題につき、当年度でどう取り組んだのか、その結果どのような成果があったかを説明する、優れた開示事例には特に注目すべきでしょう。
以上、コーポレートガバナンスを踏まえて投資先企業を見極めるためのポイントについて、代表的なものをご説明しました。最後に最も重要なことですが、どれだけコーポレートガバナンスが優れていても、それだけでは業績向上のみならず株価上昇ももたらされません。業績好調の会社が引き続き好調を維持するため、そして業績不振の会社が必要な経営改革を断行するためにコーポレートガバナンスは存在し、機能するのです。
投資候補の企業におけるコーポレートガバナンスが自社の強みを高められるよう、また弱みを無くせるように機能しているかを、ぜひ様々な開示情報から読み取ることにチャレンジしてみてください。
※本記事に掲載されている全ての情報は、2024年10月8日時点の情報に基づきます。
※あくまでも藤島裕三さん個人の投資手法を説明するための例示および見解であり、資本航道株式会社が取引の勧誘をするものではありません。
日本企業のコーポレートガバナンス(企業統治)を始めとする資本市場対応を長年研究。日本コーポレートガバナンス研究所では毎年アンケート調査を実施し、日本企業におけるコーポレートガバナンス状況をインデックス化している。
著書に「コーポレートガバナンス・マニュアル 21世紀日本企業の条件」(共著、中央経済社)、「現代の財務経営1 コーポレートファイナンス」(共著、中央経済社)「Q&Aコーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード」(共著、第一法規)など。
HP:日本コーポレートガバナンス研究所(https://jcgr.org/)