今回お話を伺ったのは…
東京証券取引所の取引時間変更とは
2024年11月5日は、日本の株式市場にとって歴史的な一日になりました。
この日、東京証券取引所(以下、東証)の引け時間がそれまでの15時から15時30分に30分延長され、さらに初めて本格的な欧米型クロージング・オークションが導入されました。
<取引時間延伸の制度概要>
・システム障害が発生した場合でも、極力、当日中に取引機会を提供するとのレジリエンス向上の観点や、立会時間が欧米やアジア各国と比較しても短いことを踏まえ、投資家の取引機会を拡大し市場の利便性を向上することを目的として、現物立会市場の取引終了時刻を15時から15時30分に後ろ倒し
・当該変更に合わせて、ToSTNeTやデリバティブ市場の取引時間についても、見直しを実施
※今回の東証取引時間延長に合わせて、資本航道のPTS取引時間も変更になっています。デイタイムセッションは16時30分まで、ナイトタイムセッションは17時からに変更になっています。
東証の引け時間延長は1954年以来70年ぶりとのことです。
これにより、東証の立会時間は5時間から5時間30分になりました。
それでも他の市場と比べるとまだまだ短いのが現実です。
この制度変更は、市場を巡る環境変化や多様化する投資家のニーズに対応するとともに、市場利用者の利便性や国際競争力、レジリエンスをさらに高めていく観点から実施するものと東証は言っています。この大きな制度変更の背景や何が変わるのか?さらに、その先の未来について私なりの見解を述べたいと思います。
今回の制度変更の背景は?
私は2010年代、某外資系証券の株式トレーディング本部長として、東証の中長期課題解決を目指す意見交換会に出席し、主に制度面で意見を述べてきました。そのアジェンダには取引時間の延長が含まれており、熱い議論を交わしたことがあります。東証目線で、取引時間を延長することは、取引時間をグローバルスタンダードに近づけ海外投資家からの資金流入を増やすことを目的としていました。
海外投資家からは、取引機会を増やすために取引時間の延長が求められていたため、賛同の声がありました。その一方で証券会社、特に野村証券をはじめとする国内の大手証券会社や、取引終了後速やかに基準価格を出さなくてはならない大手投信会社からは強い反対の声があったため、結局話は平行線で終わりました。
実はその時、海外投資家からは大きな問題だったザラ場引けの解消について問題提起され、その議論をきっかけに、引け板寄せでの更新値幅を2倍にすることが制度化されました。当時から引け値での取引が重要なパッシブファンドの勢力が非常に強くなっており、今回のクロージング・オークション導入へと繋がったのです。
話を戻すと、取引時間延長に関して大手証券が今回賛成できた背景には、奇しくも2020年に発生した東証システム問題による終日売買停止がありました。この時に、ある証券会社から「取引所で問題が起きた時だけ取引時間を延長したらどうだ?」という意見が出され、野村証券をはじめとする一定数の証券会社からの肯定的な意見がでたことで、一気に恒久的な取引時間延長という流れが生まれました。
今回、ようやく取引時間が延長されたのですが、たったの30分です。それでもこの30分延長のために東証始め業界は多大な時間を割いてきたのです。
NY証券取引所は22時間取引可能な市場へ
時をほぼ同じくして、NY証券取引所(NYSE)が今の夜間取引を6時間延長して、トータル22時間取引可能にする方向で話が進んでいると日経新聞が報じました。米証券取引委員会の承認が得られれば、2025年中にもスタートするとのこと。
夜間取引に関しては、日本でも資本航道のPTSでは夜間取引で明朝6時まで取引が可能です。松井証券経由では午前2時まで取引できます。
PTSの夜間取引では信用取引こそ使えませんが、それでも人気銘柄や材料発生銘柄などで一定の流動性があり、投資家の利便性向上に一役買っているといえます。
PTSは証券会社のSOR機能で東証ザラ場の最良気配より有利な価格がPTSで発見されれば自動で約定し、価格改善に貢献しています。しかし、東証が流動性で価格発見機能を有している以上、PTSでの約定はあくまで補完的な印象にとどまります。
米国の統合テープのような仕組みが導入されれば、取引所との価格発見機能の覇権争いが激化し、さらにPTSの地位向上に繋がるはずです。
東証は取引時間を延長したものの、時間を延長しただけでは出来高が分散するだけでかえって取引がしにくいマーケットになる可能性があります。抜本的な流動性改善策こそが、投資家活性化や利便性向上にとって重要だと考えます。
クロージング・オークション導入の方が重要
私は、今回の取引時間延長と同じタイミングで導入されたクロージング・オークション制度の方が重要だと思います。
これまではザラ場が終わると、15時に板寄せ方式(更新値幅2倍)で終値が決められていましたが、今回の変更によりザラ場取引が終了後、15時25分から5分間オークションが行われ、その後15時30分に板寄せ方式で終値が決められることになりました。
15時25分からのオークションは時間優先と価格優先なので、寄り前の気配と同じだと考えていいでしょう。
私がポイントだと考えるのは、寄り前気配と同じようにオークション中の注文によって、引け値の気配が見られるようになることです。
以前は大引けでの注文状況(引け成および引け指値注文状況)を見ることができましたが、引け値気配値を見ることができませんでした。
引け値気配値が見られるようになることは、投資家に対して一定の情報および透明性が提供されることになります。
この透明性という点が重要で、今まではその観点から引け値関与ができなかった国内機関投資家の一部が、クロージング・オークションに参加できるようになると思います。
クロージング・オークションの導入の理由と将来
先ほど述べましたが、クロージング・オークションは海外投資家から切望された制度変更です。
その理由は簡単で、以下の点が挙げられます。
①他市場と同じようなオークション方式対応の引け値アルゴリズム戦術が流用可能になること
②引け値近辺での流動性増及び透明性の担保
パッシブファンド人気もあり、プロ投資家のトレーディング戦略は引け値をベンチマークにしており、取引の中心が引け値近辺にシフトしていることはボリュームカーブをみると明らかです。
NYSEのホームページに「一日の出来高の約7%がクロージング・オークションで執行される」と書かれているように、日本でも一日で最大の出来高が引けで約定されます。
しかし、低流動性銘柄の引け直前に大きな注文を回送することで、引け値近辺で大きな値動きが発生することが問題視されていました。
そのためこの5分間のオークションによって、ある程度の流動性の集約ができ、引け値対当価格がある程度可視化されることでボラティリティが低減できるだろうと期待しているのです。
実際にどうだったのか、11月5日の8306 三菱UFJフィナンシャル・グループで確認してみました。
トレーディングビューの5分足のチャートを見てみると当初予想していた通り綺麗なボリュームカーブを描いていることがわかります。ほぼ通常通り。
これを見ると、11月5日の約定率(=約定件数 / 注文件数)が非常に高いです。これは高速取引業者のキャンセル件数が少ないことを意味しています。
11月6日と7日には通常通りの約定率に戻っていることを考えると、高速取引業者というシェアの高い主体の取引が新制度導入初日に様子をみて、翌日からは通常通りに動いたということがこのデータを見るとわかります。
面白いのは、個人投資家に人気の高い銘柄を見てみると、全く違う世界が見えてくることです。
2936 ベースフードの5分足チャートを見てみます。
ボリュームカーブがランダムで、個人投資家はあまり引け値を重視していないということがわかります。これを見る限り、個人投資家はクロージング・オークション導入をあまり気にしていないようです。
定性的な感想ですが、ザラ場最終約定値と引け値のギャップはまだ存在しているように見えます。また、実際ここ数日だけでも引けオークション内の指値の出し方と引け値形成に少し関連性があるように見えます。
まだまだ新制度が始まったばかりですし、米国大統領選挙やFOMCというビッグイベントがあったのでデータに偏りがあると考えられますが、もう少し時間をかけて分析すると、さらに面白い特徴がみえてくるかもしれません。
新制度は個人投資家の利便性改善につながるのか?
個人投資家、特に短期勢の方々にとってみると、取引時間延長やクロージング・オークション導入の影響は今のところまちまちです。
取引時間延長で場中決算発表の企業が増え、売買代金が増えているとの報道がありました。実際、全四半期に引け後で決算発表していた企業のうち、11月5日から7日の間で50社が場中に決算開示を行いました。
上記は6日の7267 本田技研工業の決算後の株価チャートです。
場中開示が新たな取引機会だと考えている方が一定数いるようですが、決算期以外で同じように売買代金が増加するかまだ不透明です。個人投資家の中には場中開示に関して高速アルゴ有利で個人投資家が犠牲になるという懸念を持たれている方もいらっしゃるようです。しかし、以下の銘柄のチャートを見たらどうでしょうか?
7546 ワークマン(東証スタンダード)は15時に決算を開示し、直後は買われましたがその後売りに押され、引け前にはフェアバリューを見つけたようでほぼ安定的な株価で取引を終えています。つまり、開示直後のボラティリティの後に取引時間が延長されたことで、フェアバリューを見つけるための時間ができたことになります。これは取引時間延長で利便性が増したと言えるのではないでしょうか?
一方で、クロージング・オークションに関しては、先ほど紹介したベースフードの5分足チャートでもわかる通りです。短期勢の方はトレードのトリガーとしてボラティリティの急変やSNSでの情報タイミングが使いやすいので、あまりクロージング・オークションによる利便性向上は感じられてないと思います。
東証が言う利便性という点だけで考えると、この制度変更でそれを享受できるのは今のところプロの投資家が中心なのです。
しかしプロ投資家の利便性が増し、出来高が全体的に増加していくと、個人投資家がトレードしやすい環境が生まれてくるでしょう。また、投信経由で投資されている個人投資家にとっては、間接的にこの変更の利便性を享受されていると言えるはずです。
この制度変更を、単に取引時間延長やクロージング・オークション導入だけで考えると意味のないものに見えてしまうかもしれません。しかし、2年前から東証が推進している市場区分制度改革、資本コストや株価を意識した経営の実現施策、プライム銘柄だけではないTOPIXへの移行、さらにより安全なアローヘッドへのアップデートも含めて、東証の全ての投資家の利便性向上かつ国際競争力のある市場創成への大きな改革の一部分だと考えれば、今までより流動性が豊富で安全かつ取引しやすい魅力的な市場というゴールに期待が持てます。その実現に向けた次の大きなステップは、単元株の1株化だと思います。
単元株の1株化が実現すれば、さらなる投資家層の拡大に繋がり、個人投資家が使えるアルゴリズム戦術提供が進む起爆剤となるため、今回の変更の意義が変わってくるでしょう。
そんな時代がやってくることで、個人投資家とプロ投資家がようやく同じ土俵に立って取引できるフェアなマーケットになるのです。
※本記事に掲載されている全ての情報は、2024年11月11日時点の情報に基づきます。
※あくまでもニート4年生、かえるさん個人の投資手法を説明するための例示および見解であり、資本航道株式会社が取引の勧誘をするものではありません。